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東京高等裁判所 昭和23年(れ)353号 判決

上告人 被告人 若林滿及

辯護人 長友安夫 海野普吉

檢察官 宮本増藏關與

主文

原判決を破毀する。

被告人を懲役一年六月に處する。

押收の阿片六十九箇(昭和二十一年證第六十九號の八、十一及び十二)軍刀一振(同押號の九)及び指揮刀一振(同押號の十)は孰れも没收する。

理由

辯護人長友安夫、同海野普吉の上告趣意は末尾添附の兩辯護人共同名義の上告趣意書と題する書面記載の通りで、之に對し、當裁判所は次のやうに判斷する。

論旨第二點について。

麻藥取締規則第四十二條には麻藥取扱者その他同法第三十三條、第三十四條、第三十七條の規定によつて交付を受けた者以外の者は麻藥を所有又は所持することが出來ない旨規定してゐる。故に麻藥の不法所持の罪の判示にはその所持者が法定の資格者でないことを示さねばならないが、これを具體的に詳細明記する必要はない。判文上その所持者が法定の資格者でないことが自らわかれば足りる。

原判決によれば被告人は味噌醤油釀造業者であつて麻藥取扱者でないことは明白である。また原判示に依れば被告人は三女の婚禮を控え現金の入用に迫られていた折柄、瀧澤義高が戰時中陸軍衛生材料廠の委託で同人宅に保管し終戰後進駐軍の接收に際し洩れて殘つた阿片七十箇(一箇の重量約一瓩)を同人から買受け、その内六十九箇の引渡を受けこれを所持していたのである。

被告人が麻藥の取締規則第三十三條等の規定によつて交付を受けた法定の資格者でないことは判文を通讀してこれを看取するに難くない。故に原判決には所論のような理由不備の違法がない。又記録を精査しても審理不盡の違法があるとは見えない。論旨は理由がない。

同第四點について。

銃砲等所持禁止令はわが國民より武器を剥奪し、その武器解除を目的とするものであるから人を殺害するに足りる刀劍類は勿論單に人を傷害するに適當な刀劍類も同令第一條に所謂刀劍類と解するのが相當である。而して所謂指揮刀は人を殺害するには不適當であるが人を傷害するには充分役立ち得るものであるから、之を右第一條に所謂刀劍類に包含せしむべきである。これと同旨に出でた原判決は正當で所論のような違法がない。論旨は理由がない。(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 小泉英一 判事 小山慶作 判事 中野保雄 判事 深井正男)

被告人若林滿及辯護人長友安夫海野普吉上告趣意書

第二點原判決ハ理由不備ノ違法アルモノト信ス、原判決ハ其ノ理由第一ノ(一)ニ於テ被告人ハ同年二月下旬埴科郡戸倉町旅館浩養館事宮澤つぎ方テ瀧川義高ト同人カ戰時中陸軍衛生材料廠ノ委託ニヨツテ同人宅ニ保管シ終戰ノ後進駐軍ノ接收ニ際シ洩レ残ツタ阿片テ固ヨリ政府カラ賣下ケ又ハ交付サレタモノテナイ阿片七十箇ヲ同人カラ買受ケル旨ノ契約ヲナシ同年三月上旬被告人ノ居宅テ同人カラ其ノ中六十九箇ノ引渡ヲ受ケテ之ヲ他日秘カニ轉賣スル目的テ其ノ中一箇ヲ同年四月下旬迄十九箇ヲ同年六月下旬迄、九箇ヲ同年七月上旬迄孰レモ被告人居宅及ヒ埴科郡抗瀬村二百四十番地色部君代方ニ同四十箇入一箱ヲ同年七月上旬迄被告人ノ居宅及ヒ埴科郡雨宮村大字生萱五百八十九番地中島八百里方ニ各隱匿シテ所持シタモノト判示シ右所爲ハ阿片法第三條第二項第九條第一項並ニ昭和二十一年厚生省令第二十五號昭和二十年勅令第五百四十二號ニ基ク麻藥取締規則第二條第四十二條第五十六條第一號ニ該當スルモノト爲シタリ、仍テ被告人ノ右所爲カ麻藥取締規則違反ニ該當スルヤ否ニ付檢討スルニ同規則第四十二條ニハ

次ニ掲ケル者以外ノ者ハ麻藥ヲ所有又ハ所持スルコトカ出來ナイ

一、麻藥取扱者

二、第三十三條ノ規定ニヨツテ交付ヲ受ケタ者

三、第三十四條ノ規定ニヨツテ交付ヲ受ケタ者

四、第三十七條ノ規定ニヨツテ交付ヲ受ケタ者

トアリ被告人ノ所爲カ同條違反ノ責アリトシテ之ニ刑ヲ擬スル所以ノ事實上ノ理由ヲ判示スルニ當リテハ被告人カ右同條列舉ノ者ニ該當セサルヤ否ニ付審理ヲ遂ケタル上之ニ該當セサル旨ヲ明示セサルヘカラス、蓋シ若シ此ノコト無キニ於テハ被告人ノ判示所爲カ右麻藥取締法第四十二條違反ナリヤ否之ヲ判斷スルコト困難ニシテ結局同條ヲ適用スルニ由ナキヲ以テナリ、而シテ亦右同條列舉ノ者ニ該當セサル事實ハ同條違反ノ特別構成要件ニ屬シ刑事訴訟法第三百六十條ニ所謂「罪トナルベキ事實」ニ該當スルモノトナルコトヨリ見ルトキハ前記ノ事實ヲ審究シ之ヲ判示スヘキモノナルコト更ニ明カナルヘシ、然ルニ之ヲ前掲判決ニ付テ見ルニ原判決理由ニヨリテハ被告人カ右第四十二條列舉ノ者ニ該當セサルヤ否全ク判斷スルニ由ナク而カモ本件全記録ヲ通シ原審カ此ノ點ニ付審理シタル形跡更ニ無之ナリ、原判決ハ唯本件阿片カ終戰後進駐軍ノ接收ニ際シ洩レ残リタルモノニシテ政府ヨリ賣下ケ又ハ交付セラレタルモノ(阿片法第三條第二項)ニ非サルコトヲ判示スルニ過キス、然レトモ政府ヨリ賣下ケ又ハ交付セラレタルモノニ非サル場合ニ於テモ麻藥取締規則第三十三條(同法第四十二條第二號参照)ニヨリ麻藥小賣業者ヨリ麻藥(本件ノ如キ生阿片ヲ含ム)ノ販賣又ハ授與ヲ受クルニヨリ之ヲ所持スルコトアルヘク又同第三十七條(同第四十二條第四號)ニヨリ家庭麻藥販賣業者ヨリ麻藥ノ販賣又ハ授與ヲ受クルニヨリ之ヲ所持スルコトアルヘキヲ以テ前陳原判決理由ノミニヨリテハ本件判示第一ノ(一)ノ所爲ニ對シ麻藥取締規則第四十二條ヲ適用シテ其ノ妥當ナリヤ否全ク判斷シ得サルモノト謂ハサルヘカラス、果シテ然ラハ原決判ハ審理不盡ノ違法アリ同時ニ亦其ノ理由ニ於テ不備アルモノニシテ到底破毀ヲ免レサルモノト信ス

第四點原判決ハ法令ノ解釋ヲ誤リタル違法アルモノト信ス、原判決ハ其ノ理由第二ニ於テ軍刀一振、銘刀三振ト共ニ指揮刀一振ヲモ銃砲等所持禁止令ニ所謂「刀劍」中ニ屬スヘキモノトシ被告人ノ本件刀劍所持行爲ニ對シ同令第一條第二條ヲ適用シタリ仍テ銃砲等所持禁止令第一條ヲ閲スルニ銃砲・火藥類及ヒ刀劍類(以下銃砲等トイフ)ハコレヲ所持スルコトカ出來ナイ云々前項ニ規定スル銃砲等ノ範圍ハ内務大臣カコレヲ定メルトアリ、次テ右第二項ニ照應スル昭和二十一年内務省令第二十八號銃砲等所持禁止令施行規則第一條ハ銃砲等所持禁止令ニ所謂「刀劍」ノ範圍ヲ規定シ刀劍類トハ刃渡十五糎以上ノ刀、匕首及ヒ劍又ハ槍及ヒ薙刀ヲイフト爲シタリ、サレハ日本國民ヨリ全武器ヲ剥奪スルトノ銃砲等所持禁止令ノ立法趣旨並ニ右規定列舉ノ各武器ノ使用効果等ノ點ヨリ考察シテ銃砲等所持禁止令第一條ニ所謂「刀劍類」トハ戰鬪ニ用ヒラルヘキモノニシテ之ヲ使用スルヤ相手方ニ對シ容易ニ刺切創ヲ與フルコトヲ得ヘキモノヲ指稱スルモノト解スヘキナリ、今之ヲ本件指揮刀ニ付テ檢討スルニ指揮刀トノ呼稱存スレトモ所謂指揮刀ハ軍隊教練並ニ軍隊儀式ノ際ニ使用セラルヘキモノニシテ戰鬪ニ際シ使用セラルヘキモノニ非ス且指揮刀ヲ以テシテハ相手方ニ對シ容易ニ刺切創ヲ與フルヲ得ス僅カニ打撲傷ヲ與へ得ルニ過キサルナリ、從ツテ斯カルモノハ戰鬪用ノ武器ニモ非ス、之カ所持ヲ日本國民ニ許容スルト雖前掲銃砲等所持禁止令ノ立法趣旨ニ毫モ悖ル處アラサルナリ、サレハ指揮刀ハ銃砲等所持禁止令ノ對象トナラサルコト極メテ明カナリ

果シテ然ラハ原判決ハ銃砲等所持禁止令ニ所謂「刀劍類」ノ範圍ヲ不當ニ擴張シタルモノニシテ法令ノ解釋ヲ誤リタルモノト謂フヘク到底破毀ヲ免レサルモノト信ス(その他の上告論旨は省略する。)

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